旅人ハルキ

嶋津晴暉。高校2年生の時に見た1本の映画をキッカケに家を飛び出し、ヒッチハイクで日本を一周。そのまま海外も含めて3年間ほど放浪旅へ。世界中を旅する旅人に憧れ、世界中の景色が見たくて、世界中の山に登りたくて、色んな人に会いたくて、今日も生きてます。そんな旅日記。

理想の生活-夢は続く

(前回の記事)

journeyharuki.hateblo.jp

 この島は鹿が多いみたいだ。夜の暗闇の中、無数の足音に囲まれて目が覚めた。驚いて起き上がると鹿の群れが慌てて逃げて行った。食料の匂いに釣られて来たのか。毎日長い夜だった。

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無人島生活最終日。特に変わりなく最終日まで来てしまった。毎日何かをしていたが、あっという間だった。自然のリズムはゆっくりのようで、振り返るととても速い。

無人島で過ごしている間、携帯も、時計もしなかった。太陽のリズムで生活していた。やはりこっちのリズムの方が健康にはよさそうだ。人工的な音は一切しなかった。自然は意外と賑やかだった。海は波を立てて常にうなってるし、森は風を浴びて葉を鳴らしている。

いつも聞こえてくる雨の音さえ違った。いつもの雨は家の屋根や地面に当たって固く弾き返る。でもここの雨は森や土や海の表面に吸収される。なんとも心地いい音だった。

たった4日間だけどこんなに自分の顔を見なかったのも初めてだった。普段は毎日どこかしらで自分の顔を見るこの生活のなかでは自分の見た目の小さなことは気にしなくなっていた

後、人は突然環境が変わると便が出なくなるらしい。俺も最初の3日間は便が出なかったもしこうなっても病気ではないので気にしないように

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穏やかな無人島生活だったが、迎えの船が来る最終日、ものすごい雨に襲われた。船が岸に近づけず、沖で停滞していた。激しい波に煽られていた。なんとか近づいてきたが、接岸は出来ず。すると荷物を投げてと合図され、俺も慌てて船に荷物を投げ、激しく上下する船にタイミングを合わせて飛び乗った。タイミングを間違えば海にポンッなんてことも、。映画の撮影かな?と思うほどハードな最後だった。

「最後に洗礼受けたね」なんて言いホッとして笑った。

無事本土に着いた時、港にいた人たちが暖かいコーヒーやお菓子を出してくれた。和歌山県の優しい方々に救われました。ありがとうございました。

やはり自然の中で生きる事は気持ちがいい。俺の理想の生活スタイルだ。小学生の時から憧れていた無人島生活はこうして形になった。まだ体験したことがない事をもっと体験してみたい。この好奇心と自信は海外に向けて踏み出す一歩に繋がっていった。こうして無人島生活の夢は今も左手に残る思い出深いナイフ傷と共に一生消えない思い出となり完結した。 

9月若干19歳友ヶ島3泊4日無人島生活完。